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福岡高等裁判所 昭和58年(ネ)295号 判決 1984年6月11日

控訴人

株式会社辰村組

右代表者

中側尚英

右訴訟代理人

松村昭一

被控訴人

株式会社福岡銀行

右代表者

山下敏明

右訴訟代理人

立石六男

春山九州男

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金一〇四万六四〇〇円及びこれに対する昭和五四年七月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

第一審以来の訴訟の総費用は、被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。第一審以来の訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。差戻前の当審以後に生じた訴訟の総費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者の主張及び証拠関係は、次のとおり改め加えるほか、原判決事実摘示及び差戻前後の当審記録中の書証目録・証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

1(一)原判決二枚目裏一行目末尾に続けて「並びに金融機関取引口座振込契約の締結」を、同三行目の「請負「下請)」の前に「添田町総合センター新築工事に関する」を、同三枚目表一行目の「作成させて」の次に「被控訴人宛」を、同裏六行目の次に改行して「さらに、右出来高証明書に残金として記載してある五九二四万円も、控訴人の主張によれば二六〇〇万円以上の立替払をそこから控除しなければならないというものであるから、全く真実に反する虚偽の文書である。」を加える。

(二)  同裏一〇行目の「被告は、」から同末行の「締結し、」までを「控訴人は、前記のとおり事実と相違する内容の出来高証明書を作成し、もつて、梶原建設が被控訴人から右出来高証明書により融資を受けるものであること及び被控訴人が梶原建設に対し、右出来高証明書記載の出来高残の存在を信頼して融資するものであることを知りながら、あるいは過失により知らずに、そして、また、前記振込指定の承諾書の作成が梶原建設に対する右融資による貸金債権担保の目的に出ていることを知りながら、あるいは、重大な過失により知らずに、右承諾書に記名押印して、前記振込契約を締結し、よつて、」と改める。

(三)  同六枚目表一〇行目の「訴外武藤功個人が作成・交付したこと」を「控訴会社作業所事務員訴外武藤功がその個人印を押捺して梶原建設に交付したこと」と改める。

2  当審における新たな主張

(一)  (被控訴人の民法七一五条の主張)工事現場事務所長による出来高証明書の作成・交付

仮に、出来高証明書の作成を控訴会社福岡支店長が指示していないとしても、控訴人は、次のとおり、訴外武藤功による同証明書の作成・交付につき民法七一五条の使用者責任を負う。

(1) 右証明書の使用目的は、梶原建設の社内用に充てるものではなく、同証明書自体梶原建設の代表取締役からの証明願に応えてこれを証明する文書形式となつており、加えて、同証明書の要点は、梶原建設が受け取るべき残高が五九二四万円存することを証明する点にあるから、対外的に、特に資金調達その他経済目的に使用する文書であることが当該文書自体から容易に推測されるのみならず、訴外武藤功は控訴会社福岡支店長と同じく使用目的が融資を受けるための銀行提出用であることを知つていた。

(2) 訴外武藤功は、控訴会社の被用者であつて、梶原建設等下請人を指揮監督する機関である作業所及び協議会の主任の肩書、すなわち、責任者を表示する肩書が与えられており、添田町総合センター新築工事の建設工事現場でも通常「所長」、すなわち、現場事務所の最高責任者の呼称で呼ばれていたし、作業員や下請工事関係者に関するチェックは事実上責任者として行つていたものであるから、このような者のなした出来高証明書の作成・交付は事業の執行に該る。

(3) 被控訴人は、右証明書の作成者が工事事務所長である訴外武藤功になつていること、しかも同証明書には工事事務所長の肩書のもとに右訴外人の署名があり、同訴外人がその事務を取り扱つており、正規に作成した文書であることを信頼して梶原建設に融資したのであつて、同証明書の内容が前記のとおり虚偽であることがわかれば、右の融資をすることはあり得なかつた。

(二)  (民法七一五条の主張に対する控訴人の答弁)

(1) 本件出来高証明書は、年末に際し工事出来高の仮締めのため社内的に使用するから、三月末決算のために必要であるから等の梶原建設の申入れに基づき、控訴会社作業所事務員訴外武藤功が、その真実の用途を知らず、被控訴人宛提出されることは全く予見できないまま、控訴会社福岡支店長には無断で梶原建設が記載してきたとおりの書面に署名押印して、梶原建設の訴外宮崎健に交付した。

訴外武藤功は、金銭支払関係には関与せず、梶原建設に支払うべき下請工事代金残額は把握していなかつたが、本件出来高証明書が「工事出来高証明願」であつて「請負代金残高証明願」ではないので、工事の出来高率及び出来高額を証明する文書であると理解して署名押印した。

右証明書が梶原建設からの「証明願」に証明文を付記する形式であることでもつて、対外的、特に資金調達その他経済目的に使用する文書であること、さらには融資を受けるための銀行提出用であることを推測することは困難であり、右形式からすれば、むしろ社内で使用する証明文書と理解するのが通常である。

(2) 訴外武藤功の職制上の地位は、工事現場主任であつて本件工事作業現場の事務主任にすぎず、本件工事の統括責任者は、訴外村松平夫であり、このことは被控訴人において十分了知していたものであつて、本件出来高証明書の発行者訴外武藤功の肩書に付された「工事事務所長」という記載は梶原建設が記載してきたものであるところ、右訴外人の右証明書発行行為の外形からみても、同訴外人の同証明書発行行為が同訴外人の職務の範囲内に属するものとは解し得ない。

(3) 本件出来高証明書の要点は、同書面の表題「工事出来高証明願」の文言どおり工事出来高を証明する点にあり、証明時点における請負工事の出来高率が八〇パーセントであること及び同出来高率に相応する出来高金額が七八八四万円であることを証明する点にあるのであつて、下請工事代金残額がどれだけあるかを証明する点にあるのではない。

(4) なお、被控訴人の梶原建設に対する本件融資については、福岡県信用保証協会の保証を付けることが条件とされ、右保証が付けられたうえで融資が実行されており、本件出来高証明書は、本件融資実行判断の一資料とされたに過ぎないから、右証明書の発行と被控訴人の融資に起因する損害との間には相当因果関係が存しない。

(5) 被控訴人が本件出来高証明書を梶原建設に対する融資の重要な一資料とするのであれば、昭和五三年一一月二四日出来高証明書発行の時点では、単に「(株)辰村組作業所武藤功」とのみ記載されており、かつ、添田町総合センター新築工事協定書(以下「本件協定書」という。)には単に「主任」と記載され、統括責任者がその上にいることを知つていたので、「工事事務所長武藤功」と肩書に記載された本件出来高証明書についても、発行者訴外武藤功に発行の権限が無いことにつき悪意であつたか又は、十分な調査確認を怠つた重大な過失により右証明書の発行が無権限であることを知らなかつたというべきであり、民法七一五条による請求は認められるべきではない。

(三)  (控訴人の錯誤の主張)

梶原建設と控訴人間の本件下請契約においては、下請工事代金につき、現金四〇パーセント、手形六〇パーセントの割合で弁済がなされる約定であつた。しかして、手形による振込みという観念は、為替制度の事務手続上も許容する余地がなく、したがつて、振込指定の合意は現金払いに限られることから、仮に、本件振込指定の合意が、前記弁済に関する約定を変更し、一〇〇パーセント現金払とする旨の合意を含むものであつたとすれば、控訴人には全く右約定変更の意思はなく、同約定による弁済を前提として本件振込指定の合意をなしたものであるから、同合意は、控訴人の要素の錯誤によつてなされたものであつて、無効である。

(四)  (錯誤の主張に対する被控訴人の答弁)

同主張は争う。

理由

一被控訴人は、本件において、不法行為に基づく損害賠償と債務不履行に基づく損害賠償の両請求を選択的に併合して訴えを提起しているところ、まず、債務不履行に基づく損害賠償請求について判断する。

1  <証拠>によれば、被控訴人が請求原因2(一)(4)で主張するとおり、被控訴人から梶原建設に対する貸付けがなされたことが認められる。

また、控訴人、被控訴人、梶原建設間に、昭和五四年三月二六日、控訴人の梶原建設に対する下請工事代金の支払については、被控訴銀行添田支店における梶原建設の預金口座に振り込む方法による旨の合意(以下「本件振込指定の合意」という。)が成立したことは当事者間に争いがない。

2  ところで、<証拠>によれば、振込指定の方法による融資は、明文上の根拠はないが、主として銀行がその預金取引先に対して工事の請負資金とか物品の納入資金を貸し付ける際に、当該貸出先が発注者や買主など第三債務者に対して有している請負代金債権や売買代金債権につき、質権あるいは譲渡担保等の正式の担保権を設定するのに支障がある場合に、これらの担保権設定に代えて、第三債務者が銀行の預金取引先に対して有する代金債務の支払方法を、融資銀行における預金取引先の特定の預金口座への振込みに限定して、その振込金を引当てに貸付金の回収を図るため、すなわち、代金引当ての方法による事実上の担保権を設定する方策として銀行・預金取引先間の与信取引の実務上発展してきた制度であることが認められる。

そこで、このような振込指定がなされた場合に、どのような要件を具備すれば、第三債務者が指定された預金口座に振り込むべき契約上の債務を負担するかについて以下検討する。

前示のとおり、銀行とその預金取引先との間の与信取引において、振込指定が銀行の債権担保目的に利用されるようになつたとしても、振込みそれ自体は、本来、振込人(送金人)が内国為替制度を利用して受取人の銀行当座口に入金する送金方法にすぎないから、右振込指定が銀行の債権担保目的に利用されることがあるとしても、それは、振込人にとつては銀行とその預金取引先である受取人の都合(与信取引)に基づく特別の法律関係にほかならない。したがつて、銀行が、振込人に対し、右のような特別の法律関係(振込指定の債権担保目的利用)を主張して第三債務者としての契約上の責任を追及し得るためには、振込人を含む振込指定の合意の成立のみでは未だ不十分であり、前示のような特別の法律関係(振込指定の債権担保目的利用)が振込指定の合意内容として明確に表示され、振込人においてこれを承認するなど一定の要件の存在を必要とすると解するのを相当とするところ、右振込指定が銀行の債権担保目的に利用される場合の銀行・振込人(第三債務者)の前示の仕組みより生ずる利害得失を衡量すれば、右にいう一定の要件としては、振込指定合意において、(一)銀行・預金取引先間には債権関係が存在し、その債権を担保しあるいはその弁済に充当するために振込指定の方法が採られること、(二)振込人(第三債務者)としては、指定された振込みの方法によらないで直接取引先に支払つてはならないこと、(三)振込指定の方法の変更は取引先単独ではなし得ず、銀行の承諾を要すること、少くとも以上の三要件が振込人(第三債務者)に対してそれぞれ明確に表示され、合意の内容とされなければならず、以上の要件が充足されることにより、振込指定の合意の効果として、振込人は第三債務者として銀行に対し右合意の内容に従つた振込みをなすべき契約上の債務を負担し、したがつて、振込人(第三債務者)がこの義務に違反した場合には、債務不履行に基づく損害賠償義務を負担するものというべきである。

3  しかして、被控訴人は、本件振込指定の合意の成立により控訴人は被控訴人に対して直接下請工事代金を指定口座に振り込むべき契約上の債務を負担したと主張するので、進んで、本件振込指定の合意が、前記各要件を充足するものであるか否かについて検討する。

<証拠>によれば、被控訴人は、本件貸付前にも、昭和五三年一一月頃、梶原建設に対し、本件と同一の下請工事代金のうち当時の出来高代金とされる二五九五万円を弁済の引当てとして二〇〇〇万円を貸し付け、その際、右出来高代金につき控訴人、被控訴人、梶原建設の三者間で本件同様の振込指定の合意がなされたこと(以下「第一回目振込指定の合意」という。)、梶原建設は右借受金を完済した前後、昭和五四年三月、被控訴人に対し再度の融資を申し込み、被控訴人は、右当時の出来高代金を五九二四万円とみて、これにつき前同様の本件振込指定の同意をなした上で、本件貸付けを行なつたこと、第一回目振込指定の合意の際にも、本件振込指定の合意の際にも、同一の書式である「工事請負代金の金融機関取引口座振込依頼承諾願」と題する書面が被控訴人及び梶原建設の連名で作成され、これに控訴人が「承諾する。」旨の奥書をなしているところ、右「承諾願」には前記三要件のうち(三)の要件に該当する「尚、上記払込勘定は株式会社福岡銀行添田支店と私と双方同意の上でなければ変更しないことを特約していますから御承知下さい。」の文言が記載されているだけで、その余の二要件に関する文言は何ら記載されていないこと、右各振込指定の合意がなされた際の直後の交渉担当者であつた被控訴銀行添田支店長代理訴外野内秀典、梶原建設の従業員訴外宮崎健のいずれもが、右各合意に至る交渉及び合意成立の際、右二要件につき、控訴人に対してこれが合意の内容とされていることを明確に表示したり、あるいは、右と同一視できる程度にこれを具体的に説明してその同意を求めたりしなかつたこと、内国為替制度を利用する送金方法としての口座振込みは現金又は直ちに資金化し得る一定範囲の証券類に限定され、特に他の金融機関を通じて行われる(すなわち他行為替による)振込みの場合は、証券類による振込みは一切認められず、したがつて、送金人振出の約束手形による振込みという概念は、為替制度の事務手続上も許容する余地がなく、そのため債権担保を目的として振込指定をする銀行としては、代金の支払が現金払であるか手形払であるかは担保価値の判定資料として重大な関心事であること、しかるに、本件においては、本件下請工事契約の基本的約定書である本件協定書によつて、控訴人の梶原建設に対する下請工事代金の支払方法は、毎月の出来高払で、毎月一五日締切り、翌月一五日払でもつて出来高の八〇パーセントを、現金四〇パーセント、手形(控訴会社福岡支店窓口交付)六〇パーセントの割合で支払う、支払時の領収書は、現金振込分は銀行振込書類が領収書となるので手形分のみの領収書を提出することとされていたのに、被控訴人はこの点に関する調査確認をせず、むしろ第一回目振込指定の合意後控訴人から梶原建設に対し下請工事出来高代金の一部が直接手形によつて支払われたことを知悉しながら、なおその点に留意することなく、被控訴人において当時の出来高代金額と把握した金額五九二四万円のほぼ満額に近い貸付金の担保のために本件振込指定の合意をなし(他に特段の担保はない。)、さらに、本件振込指定の合意後下請工事出来高代金の一部として、昭和五四年四月一六日控訴人から梶原建設に対し直接額面金七七〇万円の手形が交付され、被控訴人はその後直ちにこれを知つたのに、単に梶原建設から同手形を被控訴人宛提出させただけで、控訴人に対して特段の注意なり、直接交付の差止めを求めることを全くしていないことがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

4  以上によれば、本件振込指定の合意においては、前示(三)の要件はともかく、(一)及び(二)の各要件が充足されていないことが明らかであるのみならず、さらに、前項認定の事実を併せ考えると、本件振込指定の合意は、控訴人に対する関係においては控訴人と梶原建設との間の債務の履行方法についての指示という性格を基本とするものであり、これにより直ちに控訴人は被控訴人に対して合意の内容に従つた振込みをなすべき契約上の債務まで負担したものとは認められない。

したがつて、被控訴人の債務不履行に基づく請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

二そこで、次に、不法行為に基づく損害賠償請求について判断する。

1  <証拠>を総合すれば、被控訴人と昭和五三年五月以前から貸付取引のあつた梶原建設は(なお、梶原建設の従業員ではあるが事実上専務取締役的役割を担つていた訴外宮崎健が、梶原建設の窓口として以下の本件案件の処理に当つた。)、福岡県田川郡添田町建設協会副会長の地位にあつた梶原建設代表者梶原土治の推せんにより控訴人が同町から請け負つた(元請)添田町総合センター建築工事の下請をしていたが、同年一一月頃被控訴人に対し(なお、被控訴銀行添田支店融資担当役責・同支店長代理訴外野内秀典が被控訴人の窓口として以下の本件案件の処理に当つた。)、本件下請工事につきすでに相当の出来高があるので、控訴人から下請工事出来高代金が支払われる迄の間、右代金を引当てとし、その範囲内で一時運転資金を融資して貰いたい旨の申込みをしたこと、右申込みに対し、被控訴人は梶原建設側が不動産などの適当な担保物件を有しなかつたため、訴外宮崎健に対し、梶原建設が右融資を実現した場合の貸金債権担保のため控訴人に対する下請工事代金債権を譲渡すればその譲渡受債権額の範囲内で融資をしてもよい旨回答し、債権譲渡依頼書を渡し、かつ、訴外宮崎健が控訴会社福岡支店長訴外坂本浩二との間で被控訴人の右条件につき協議し、訴外野内秀典も右福岡支店長宛電話して債権譲渡が実現しなければ融資も困難となるという趣旨のことを告げたりしたが、訴外坂本浩二が、控訴会社はいわゆる上場会社で社会的信用力も大きいし、過去にも例がないので債権譲渡という方法は採らない意向を示したため、右債権譲渡は実現しなかつたこと、それで、訴外野内秀典は、右債権譲渡の代りの貸金債権の担保として、被控訴人・控訴人・梶原建設の三者間で、控訴人の梶原建設に対する下負工事代金の支払については、被控訴銀行添田支店における梶原建設の預金口座に振り込む方法による旨の合意ができれば、右代金の範囲内で融資してよいという趣旨の提案をしたところ、梶原建設及び控訴会社福岡支店ともに右提案を了承したが、その際、右福岡支店は、本件工事が昭和五三年度、五四年度の二箇年にわたる継続工事であるため単年毎の二回の振込承諾にして貰いたい旨要望したこと、その結果、前示振込指定の合意の方法により融資することとなり、これと前後して昭和五三年一一月二四日付出来高証明書が提出され(なお、右出来高証明書については、被控訴銀行添田支店では、控訴会社福岡支店長名義で発行することを要求したが、右福岡支店からは下請工事の進捗状況は工事現場事務所がより正確に把握しているので、同事務所発行の出来高証明書でよいという説明があつた。)、次いで、同月二九日右三者間で下請工事代金のうち当時の出来高代金を二五九五万円とする前示第一回目振込指定の合意が成立したので(ちなみに、その際使用された前示のような書式は、前示の添田町を含む福岡県筑豊地区一帯で石炭鉱害事業団九州支部が鉱害による多くの復旧工事を発注した場合、債権譲渡、代理受領等による債権担保方法は認めない代りに建築請負業者らに対し金融機関からの融資を得させるための救済策として振込指定の合意の方法を指導しているが、その際採用している書式と全く同様のもので、右地区一帯で各金融機関は同一書式の振込指定を作成させ、これによる担保で右業者らに融資を行うことが通例かつ周知となつていた。)、被控訴人は、これを弁済の引当てとして同月三〇日梶原建設に対し二〇〇〇万円を(遅延損害金は年一四パーセントの割合による約定で)手形貸付の方法で貸し付け、右貸金は昭和五四年四月一日までのうちに完済されたこと、梶原建設は、同年三月頃被控訴人に対し、再度、前同様の方法による融資の申込みをしたところ、申込金額が多額であつたことから被控訴人は改めてまた貸金債権の担保の方法として債権譲渡を求め前記三者で調整したところ、同月二六日控訴会社福岡支店が振込指定の方法を了承したので、前同様の方法による融資を行うこととなつたこと、ところで、訴外宮崎健は、控訴会社の前記工事現場事務所所長と称せられ本件工事の実際上の総管理者で、工事の進捗、現場の管理、下請の監督、工事金内払の審査確認等の現場事務を統括する最高責任者である訴外武藤功(なお、本件協定書上の統括責任者訴外村松平夫は、実際上は、本件工事に関する右各現場事務については訴外武藤功にまかせ、助言する程度であつた。)に対し、出来高七八八四万円、残額五九二四万円その他請求原因2(一)(5)A欄のとおり記載のある(ただし、そのうち、取下金一九六〇万円とあるのは一九九〇万円の誤記であるほか、その各記載自体は、事実に則していて内容的に虚偽はなく、さらにその記載項目は、簡略なもので前示の昭和五三年一一月二四日付出来高証明書と基本的な差異はないものであつて、その記載形式及び内容のみからすれば、これがその証明時点において支払を受けられる下請工事代金残高を直接具体的、かつ、正確に表示するものと一義的に即断できるような体裁のものではない。)昭和五四年三月一六日付の本件出来高証明書を提示し、訴外武藤功から署名押印を得て提出し、次いで、同月二六日右三者間で下請工事出来高代金を七二六〇万円とする前示のような本件振込指定の合意が成立したので、被控訴人は、同年四月五日梶原建設に対し、五六〇〇万円を、三〇〇〇万円と二六〇〇万円の二口に分け、右三〇〇〇万円については、(控訴人の承諾のもとに本件振込指定の合意が成立することを、その前提条件として)福岡県信用保証協会の保証を付け、支払期日はいずれも同年六月九日とする約定で手形貸付の方法により貸し付けたこと、ところで、被控訴人は右貸付けの前後を通じ、控訴人と梶原建設との間にすでに本件協定書により、控訴人の梶原建設に対する下請工事代金の支払方法についての前示約定のほか、右代金支払時の控除につき「控訴人が梶原建設のため立替えで支払つたもの(控訴人による立替発注先への直接支払分)に関しては毎月の支払時にその金額を差し引いて梶原建設に支払うものとする。」、発注業務等につき「本工事の下請及び資材等の発注は原則として梶原建設に発注する。ただし、契約条件及び金額等で決定困難な場合は控訴人も協力して契約することもある(控訴人による立替発注)。タイル工事(梶原建設の下請代金額一一八〇万円)は立替発注による。」等の弁済などに関する約定がなされていたことを調査確認することはなかつたし、梶原建設及び控訴人側でも、被控訴人に対し右弁済などに関する約定の存在を告知説明するようなこともなかつたこと、本件において振込指定の合意の目的とされた下請工事代金総額は、後記の最終精算によると、四九九八万一〇〇〇円(すなわち、第一回目振込指定の合意分二五九五万円、本件振込指定の合意分七二六〇万円の合計額九八五五万円から立替発注分〔三九〇〇万円及び九五六万九〇〇〇円の合計額〕を控除した残額。なお、変更工事分一三八万四〇〇〇円が別途存する。)であり、一方、既払金は、昭和五四年六月一五日までの合計金四六七六万円、同月三〇日の四〇〇万円であつて、右既払金合計五〇七六万円のうち、一九九〇万円は本件振込指定の合意以前に支払われた分、一六三三万四九〇〇円は被控訴人が本件振込指定の合意に基づき振込みを受け(ただし、そのうち七七〇万円は前示手形分)既に受領した分で、七一万六六五〇円は梶原建設において負担すべき工事費用を控訴人が立替支払した分、なかんずく同月三〇日支払の四〇〇万円中、一三八万四〇〇〇円は変更工事分、一五六万九六〇〇円は本件協定書上手形(六〇パーセントの割合)で支払うべきものを現金で支払つた分であるため、結局、控訴人が本件協定書上現金で支払うべきもので、かつ、本件振込指定の合意の趣旨に反して梶原建設に直接支払つた下請工事代金は一〇四万六四〇〇円となること(なお、未払金は六〇万五〇〇〇円である。)、しかして、梶原建設は、昭和五四年六月一〇日不渡手形を出し同年七月五日倒産状態に陥り、被控訴人の梶原建設に対する本件貸金債権の残額は事実上回収不能となつたが、右倒産に先立ち、前示の同年六月三〇日の四〇〇万円の支払を受けるについて、梶原建設と控訴会社福岡支店との間で本件下請工事代金支払についての最終精算の交渉が行われたが、訴外宮崎健が本件振込指定の合意に違反し被控訴人を害すべきことを知悉しつつ、倒産必至という会社内部の混乱の中で目前の現金欲しさから、右交渉に際し、本件振込指定の合意の存在に触れることを避けていたのに対し、右福岡支店長訴外坂本浩二もこれに触れようとはせず、現金四〇〇万円を支払うことで最終的な決着を付けることに同意するよう訴外宮崎健に求め、その結果右四〇〇万円の支払がなされるに至つたこと等が認められ、<反証排斥略>、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2 前項で認定した各事実並びに前記一で確定した各事実によれば、前示債権担保目的利用の関係で、訴外武藤功が本件出来高証明書の作成・交付をしたことにより、あるいは、これに加えて控訴人が本件振込指定の合意をしたことにより被控訴人が債権回収の見込みを付けて、梶原建設に対し本件貸付けをなすに至り、その結果、右貸金債権の残額が事実上回収不能となる事態が生じたとしても、右証明書の作成・交付及び本件振込指定の前示のような各趣旨・経緯等を通観すれば、右の各行為のみを把えて直ちにこれらが侵害行為としての違法性を帯びるものとはいい難く、控訴人が右貸金債権侵害の不法行為の責に任ずるものということはできないが、他方、前示のとおり、本件下請代金債権は被控訴人の梶原建設に対する本件貸金債権の担保となつており、控訴会社福岡支店は、本件振込指定の合意の申込みを受けた当時、その合意に至る交渉及び合意成立の過程において、(前示のとおり、合意内容として殊更明確に表示され、あるいは、具体的に説明されたとはいえないまでも)被控訴人・梶原建設間における振込指定方法の債権担保目的利用関係、すなわち、被控訴銀行添田支店の承諾なしに、指定された振込みの方法によらず直接取引先に支払うなど他の方法による支払をすれば、右担保の侵害となり、被控訴人に損害を与えることを知りつつ、本件振込指定の合意の申込みに対する承諾をしたものということはできる。そして右事実関係のもとにおいては、控訴人は、梶原建設が控訴会社福岡支店から右下請工事代金の振込みを受けることによつて、右貸金債権の満足が得られるという利益を有すると解されるが、右のような本件振込指定の合意の申込みに対する承諾は、前示のとおり、その合意の内容に従つた振込みをなすべき契約上の債務まで負担するに至るとはいえないまでも、控訴人と梶原建設間の債務の履行方法についての指示をそのとおり承諾するというにはとどまらず、右債権担保の目的とされた本件下請工事代金債務の弁済などに関する右両者間の約定に基づく諸制約の範囲内において右振込みによつて得られる被控訴人の右利益を承認し、正当な理由がなく右利益を侵害しないという趣旨をも当然包含するものと解すべきである。したがつて、控訴会社福岡支店としては、右承諾の趣旨に反し、被控訴人の右範囲内での利益を侵害することのないようにすべき義務があると解するのが相当である。ところが、右福岡支店は、右義務に違反し、昭和五四年六月三〇日の四〇〇万円の現金を直接梶原建設に支払えば被控訴人を害すべきことを知り得たのに、前示の最終精算交渉における自らの提案を承認させるためあえて右支払に踏み切つた過失により、前示のとおり最少限一〇四万六四〇〇円の下請工事代金については、本件協定書による控訴人と梶原建設間の下請工事代金債務の弁済などに関する前示の約定によれば現金を銀行に振り込む方法によるべきであるのに梶原建設に直接支払い、右貸金債権のうち右限度での金額は被控訴人においてこれを回収することが可能であつたのにその回収を事実上不能ならしめ、被控訴人に右回収不能額相当の損害を被らせたといえるから、控訴人の右債権侵害行為は違法なものというべく、不法行為の責任を免れない(なお、被控訴人の本件不法行為に基づく請求には以上の趣旨の主張をも含んでいるものと解される。)。

3  以上のとおりであつて、被控訴人の不法行為に基づく請求は、右損害金一〇四万六四〇〇円とこれに対する梶原建設に直接支払つたことによる右不法行為後である昭和五四年七月二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが(なお、前示の約定に基づく年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求部分は、右不法行為の相当因果関係の範囲外のものであつて根拠を欠くものである。)、その余の請求は理由がない。

三よつて、被控訴人の本訴請求のうち、債務不履行に基づく請求は全部棄却すべきであり、不法行為に基づく請求は前示限度で認容し、その余は棄却すべきところ、右と異なる原判決を右のとおり変更すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(美山和義 谷水央 江口寛志)

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